ナゴタロの感謝日記

名古屋在住の40代後半、サラリーマンの日記です

子供の習い事や塾について、どこまで親はリーダーになるか

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みなさん、こんばんは

 

この写真は、今日午後に近くの大学の構内で撮影しました

土日の昼間は、ちょっと甘えて、中に入らせていただいております

 

これだけ広い芝生や緑がある場所を、眺めてくつろげることは、有り難いことだなあと思っております

 

今日は、ここで娘とバトミントンをしました

といっても、2人とも、超下手で、なかなか続きませんが...

 

吉本好きな娘は、

ネタをつけたり、ギャグを言ってから、サーブをするルールをつくったり、

しりとりしながら打ち合ったりなど、

いろいろとアレンジを考えます

 

10歳の娘は、私にとっても、十分な遊び相手です

 

でも、ときどき、考えるようになります

思春期を迎えるまで、あと、何年くらいだろう

いつか、ある日を境に、私に対して距離を置くようになるのだろうか...

 

娘という存在は、私の心を癒してくれますし、子供を通して、もう一度、人生というものを、疑似体験している気がしています

 

一方、いま私自身、親として逃げられないと思っているのは、子供がいま取り組んでいる、習い事や塾について、どう関わっていくかということです

 

以前の記事で、親は子供のリーダーとして、自ら学ぶこと、挑戦する姿を、子供に対して見せる必要があるという、杉山愛子さんのお母さんの考え方をご紹介しました

 

そのための機会としては、次の3点が挙げられるかと思います

1.子供と遊ぶ

2.自分自身、大人であっても、勉強を継続する

3.子供の勉強に対して、必要な範囲で、一緒に伴走する

 

この3つ目については、1,2よりも、かなり難しいと思います

 

たとえば、社会科の地理の勉強で、「県名」や「県庁所在地」を丸暗記するというのは、私自身やりたくないことです

 

だから、自然と学べるような機会をつくる

あとえ暗記するにしても、もっと背景を一緒に勉強しながら、覚えていく

 

と考えると、結構真剣に向き合う必要が出てきます

どうやったら、辛気くさくなく、説教くさくなく、伴走するか・・・

 

これはおもしろいでー 見てみ~ (関西弁)

とか、僕自身、本当におもしろいと感じる学びの機会をつくりたい

 

一方、あまりやりすぎると、過保護になるとも思います

ある時は、子供の興味に委ねて、こちらは遠くから見る必要もあることでしょう

 

今日は、抽象論で終わってしまいましたが、子供の習い事や塾での勉強の予習復習につきあう時に、第3者的に見るのではなくて、同じ側に立って、

・好奇心を持ち続ける

・おもろい、とか楽しいという素直な感情を大事にしたい

と思います

 

それでは皆様、日曜日残り僅かの時間ですが、どうぞ、ゆっくりとおくつろぎください

 

おやすみなさい!